諦めるということを諦めるということ。

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    JUGEMテーマ:コラム

    最近、小説を読んで泣くことが多い。

    と、いうかほぼ毎回泣く。

    内容に関わらずである。

    そこに書かれた物語で泣く場合、たいていは途中で泣いて、読了後はため息をつく。

    物語の終わってしまった焦燥感の方が強いからだろうか。

    それとは違って、小説そのものに感動して泣いてしまうのだ。

    「嗚呼、小説とふものがあつて良かつた」

    まぁ、そんな感じだ。

    例えば、雨の日に傘が手元にあって、泣くことはあまりないだろう。

    もちろん、ずぶ濡れになるのはごめんだが、なくてもどうにかはなる。

    言うなれば、食べ物に対する感謝に近いだろうか。

    とてつもない空腹時に、やっとありつけた食事は、別格に感じるかもしれない。

    食事の味付けや、食感に感動して泣き、それを終えると、今度は食事をできたことに感謝して泣く。

    そういうことがあるかもしれない。

    存在そのものに感謝する、ということが日常(人生)でどれほどあるだろうか。

    例えば、愛する人がいて、子供がいて、親がいて・・・・・・つまり、家族とは

    そういった感動を与えてくれるもっとも身近ものかもしれない。

    生きているいてくれるだけで、感謝。生まれてきてくれたことに感謝。

    考えてみれば、感謝はいつだってできるし、そういうものを天は与えてくれている。

    「ああ、小説というものがあって良かった」

    これは

    「ああ、愛する人がこの世に生まれてくれて良かった」

    にとても近い。

    では、命はどうだろうか。

    命は近すぎると思う。命は尊く、生きているだけで丸儲けなのだが

    それは、常に死の可能性をはらんでおり、しかも、潜在的に人はそれを感じている。

    つまり、意識するしないに関わらず、自分が明日死んでしまうかもしれないと、本能的に頭の片隅にへばりついているのだ。

    小説を辞めようと思った。

    何もかも諦めて、何もせずに、何も求めず、何も生み出さず、何も感じないまま終わろうと思った。

    そうすれば、明日から小説のことを考えずに済む。

    ・・・・・・果たしてそうか?

    この世界は物語に満ちていて、それを表現する最小単位としての小説の存在に心から感謝しておいて

    今更、なかったことにできるのか?

    腐れ縁というものがある。

    腐っても切れない縁。

    それこそ、頭の片隅にへばりついている、それのこと。

    逃げられない。腐れ縁は切れない。

    では、どうすれば良いのか。

    諦めよう。諦めることを諦めよう。

    白旗を掲げ、両手を挙げよう。

    降参だ。

    いつからそうなったのか――。

    小説との腐れ縁が生まれてしまったことが、幸か不幸かはわからない。

    いずれにせよ、一生付き合っていかなければならない。

    そう思えば、無駄なあがきは辞めようと思える。

    どうせ逃げられはしない。

    頭の片隅で、命と小説が癒着しているのだ。
     

    なんかようわからんけど美味いもの。

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      JUGEMテーマ:つぶやき。

      なんかようわからんけど美味いものが好きだ。

      なんかようわからん、というのは、得体の知れない物というか

      例えば、肉汁したたるステーキが目の前にあったとして

      それを口に運べば、当然のごとく美味いと感じるわけで

      それは、すでに口に運ぶ前からある程度、無意識のうちに今後の展開を予想していて

      さらに言えば、その後のリアクションまで想定してるという

      予定調和の安心できる美味いなのである。

      もちろん、それはそれで美味いのだが

      予想外の美味い(つまり、思わず言葉を漏らしてしまうような)

      は本来の美味いをより際立たせているのではないかと、そう思うのである。

      北海道 定番 おつまみ

      ジャガイモにバターと塩辛を乗せたもので、北海道では定番メニューだそうだ。

      普通に考えれば、スクランブル交差点でこの3人がすれ違ったとして、

      たぶん何も起こらずに去ってしまう気がする。

      北海道 定番 おつまみ

      ゴリゴリと混ぜ、さらにようわからんものへと進化させ、口へ運ぶ――。

      なるほど、これは美味い。

      まさに目から鱗。青天の霹靂である。

      しかし、その美味さを表現しようとすると、ようわからんけど美味い。となってしまう。

      その後、結局、何を食べたのかと聞かれると

      ようわからんもんを食べた、としか答えようがないのである。
       

      恐るべし、お国柄。

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        JUGEMテーマ:つぶやき。

        さて、前回に引き続きフランス人留学生との交流を楽しんでいるわけですが――。

        「便利な言葉教えてよ。とりあえずこれ言っとけば大丈夫みたいなやつ」

        などと、意味不明の質問をしてみると

        彼は笑顔でこう答えました。

        「『ベル』と『ジョリ』ですね」

        「ほう、それはどういう意味?」

        「あなたは美しいですね、という言う意味です」

        「……(絶句)」

        いやぁもう、咄嗟にその言葉をチョイスするセンスね。

        目から鱗が落ちました。

        以前にも書きましたが、日本の教育では、美しいということについて教えません。

        いえ、教えられないのです。

        それは、とても残念なことだと思います。

        古来より、日本には美しいものがたくさんあるはずなのに。

        ゆとり教育とは何だったのでしょうかね。

        そういった、美を育む心を伸ばすチャンスだったような気もするのですが……。

        それにしても、美の国フランス恐るべし。
         

        本来持つ気質と求められているものについて。

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          JUGEMテーマ:コラム

          今、話題の『テラフォーマーズ』。

          アクション邦画と言えば駄作のイメージが強い。

          何故なのか。

          それは、日本人の持つ気質に起因するのではないかと思う。

          邦画にも良作はたくさんある。

          個人的には矢口史靖監督の『ハッピーフライト』や三谷幸喜監督の『ラヂオの時間』あたりが好きだ。

          共通する点は、その道のエキスパートが、知恵を絞り危機を脱する点である。

          コメディーという部分は、あくまで味付けであり、分類上と考えて良い。

          朝ドラが軒並み好調なのも、そういう観点から見ると納得できる。

          そもそも、派手さとは、上記におけ分類に過ぎないのだ。

          要は、派手に描くかどうかというだけ。

          では、無理せず受け入れられる作品とはどういったものか。

          派手さに訴えるのではなく、日本人が本来持つ、熱い魂に訴えかけるものなのではないだろうか。

          そもそも、日本人は職人気質が強い。

          職人芸とは、一見の派手さには欠けるものの、内面的には洗練された技術を内包している。

          それは、現代に至ってもアイデンティティーという形で根底に染みついてるのではないか。

          現代日本において職人と呼ばれる人達が減っても、職人の血が流れているということを

          無意識のうちに誇りと感じているのかもしれない。

          それらが共感を呼び、受け入れられ評価されているのではないか。

          上記においてそう考えると、さもありなんと言えるだろう。

          派手な映画はハリウッドに任せておけば良いのだ。

          そもそも、ほとんどの邦画が日本人向けに作られているわけで、それを考慮するならば

          自ずと作るべき作品は見えてくるのではないだろう。

          『熱い』とは、火薬の量ではなく、熱量の話なのである。

          腕時計のベルト セルフ交換のススメ。

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            JUGEMテーマ:コラム

            先日、腕時計のベルトが切れてしまいました。

            さてどうしたものか――。

            修理に出すか? それとも買い換えるか? 

            しかし、せっかくのお気に入りの時計ですから、まだまだ使いたい。

            そこで、ふと思い立ち【時計 ベルト】で検索してみると――。

            売ってるもんですねぇ。

            いや、当然と言えば当然なんですが、今までは、ベルトが切れる前に

            紛失や故障などの理由で手放していたので

            ベルトを交換するという発想がなかったんです。

            腕時計 ベルト 交換 セルフ
            (届いた箱が、ベルトのデザインでおしゃれです)

            上が切れてしまったベルト。

            下が新しく買ったベルト。

            右の棒が、交換するための専用工具です。

            今回は、専用工具を付属してくれるというショップを選びました。

            長さを測ってみると、サイズは22ミリ。

            腕時計 ベルト 交換 セルフ

            交換するにあたって、↓ココの幅も考慮しておかなければなりません。
            (最悪、せっかく買ったベルトが収まらないという事態に・・・・・・)

            腕時計 ベルト 交換 セルフ

            早速、古いベルトを外していきます。



            専用工具で軸のバネを押し込むと、簡単に取り外すことができました。

            バックルにロゴが入っていたので、バックルも交換してみようと分解してみると――。

            腕時計 ベルト 交換 セルフ

            ここで問題が発生!

            旧ベルトと新ベルトのバックル棒の太さが違います。

            つまり、ポン付けはできない。

            と、いうわけで、ベルトの切り込みを広げ、バックル棒が入るようにしました。

            腕時計 ベルト 交換 セルフ

            ↑無事、移植完了。

            あとは、外した時と逆の要領でベルトを収めます。

            腕時計 ベルト 交換 セルフ

            無事、交換できました。

            最後に、旧バックル棒が入るようにベルトの穴を広げて終了。

            ベルトの交換は、修理だけではなく、カスタマイズという意味合いでもオススメです。

            より愛着が湧きますよ〜。

            今回、利用したお店は
            <楽天>時計ベルト専門店mano a mano

             
             


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